東日本大震災での取組み INTERVIEW

対策本部 担当者インタビュー
すべては太陽グループの力を結集することから始まった。

TSP太陽 大震災対策本部/東北地方太平洋沖地震対策室
プロジェクトリーダー
TSP太陽株式会社 取締役

川幡 清秋

大震災発生の翌日に緊急対策会議を実施

大震災翌日の3月12日の午前7時、太陽グループトップの太陽工業代表取締役会長兼社長・能村光太郎の召集により、TSP太陽、太陽工業合同で緊急対策会議が開かれました。参加メンバーは両社の役員と総務部の責任者。会議で、グループの力を結集し大震災の被災地への支援活動に取り組んでいくこと、そしてアルプステント2,000㎡を、被災地へ無償提供することが決定しました。私は、当社の支援対策プロジェクトのリーダーに任命されましたので、午後からグループや社内の役割分担などを決めました。

被災地のために、太陽グループ全体が立ち上がる。

「大震災対策本部」を設置し被災地支援チームを東北に派遣

3月14日に、支援対策プロジェクトをスタートし、社内の一室に「大震災対策本部」を設置。報道では被災地で何が必要とされているのか伝わってきませんので、太陽グループにできる支援を確認するために、被災地支援チームを結成し、被災地を視察することにしました。道路状況もあり、被災地まで到達できるか心配でしたが、支援活動のためには情報収集が欠かせませんでした。

3月18日に第一次、21日に第二次、23日に第三次の被災地支援チームを東北三県に派遣。数日分の食品と水、被災地で配布するシート数百枚を積み込んでの出発でした。道がどこまで続いているのか現地で確認する手探り状態の中、その後の支援活動のために通れるルートを確認しつつ、被災地を回って情報収集をしました。情報が徐々に集まり、それを対策本部に貼った地図に記入し、地区ごとの実態を把握していきました。最初は、いろいろな場所にテントが必要になると想定していましたが、実際の被災地ではテントを立てる場所もなく、指示する自治体の方もいませんでした。

3月31日に「大震災対策本部」を「東北地方太平洋沖地震対策室」に移行。東北の被災地のフォローを続け、千葉や茨城の状況も確認しました。

混乱を極めた状態で自治体との連携が難しかった

太陽工業とは、収集したさまざまな情報を共有し、どのように対応するのか密に連絡を取り合っていました。また、震災当初から動いていた、国交省や経産省、内閣府にも支援の打ち合わせで共に行きました。グループ内の連携は非常にうまくいきました。

今回のプロジェクトで最も苦労したのは、被災した自治体とのコンタクトです。行政の指示連絡系統も混乱していて、連携がうまくいきませんでした。スムーズに連絡がとれるようになったのは、約1ヵ月後。それまでは、当社にできることを想定しつつ待機していた状態でした。その後の支援では、人員・トラック・重機、すべて東京から送り込む必要があり、たいへん手間が掛かりました。

今回の東日本大震災で、震災が起きたときに、グループとしてどう対応できるのか、何をすべきかというのを、大勢の若い社員が経験しました。この経験は、今後想定されている大地震の際の支援活動にも必ず役立つと思います。

震災にどう対応できるのか、何をすべきか。この経験は、今後の活動に必ず役立つ。

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各担当者インタビュー

緊急支援

水谷 裕一
太陽工業 東日本大震災対策責任者
太陽工業株式会社 執行役員
業務部 業務部長

いつ、どこで、何をすべきか。
情報を精査して対応した緊急支援活動。

当社は以前、阪神・淡路大震災の時に、情報が錯綜する中で各部署が個別に動いてしまった経験がありました。東日本大震災ではその教訓を踏まえ、私が当社の責任者として社内外から随時入ってくる情報を集約・精査し、震災関連の対応にあたることになりました。
震災に関する業務は、多岐に渡り、すべてに緊急性が求められるものばかりです。そういった状況の中で情報を一元化し、太陽グループが一丸となって対応できたことは、意義のあることであったと感じています。

生活支援

池澤 嘉悟
TSP太陽株式会社 上席執行役員
開発営業部 部長
当時:上席執行役員 企画営業本部 本部長

早期再生が求められる被災地の生活基盤と
基幹産業の整備。

仮設住宅の建設では、職人さんが毎日通いで工事を行わなければならず、部材の運搬にも時間を要し、いかに滞りなく工事を進めるかということに注力しました。また、被災地が求めることと、こちらで考えていることの差が大きいことも実感しました。坂氏が、なぜ様々な災害支援活動ができているかというと、やはり独自にボランティア団体を組織しつつ、建築家としてできる活動を行っているからだと思います。今後の対応策として、被災地のニーズをくみ上げるNPOのような組織やしくみをつくるという方法もあるのではないかと思います。
震災に関する業務は、多岐に渡り、すべてに緊急性が求められるものばかりです。そういった状況の中で情報を一元化し、太陽グループが一丸となって対応できたことは、意義のあることであったと感じています。

原発対応

目谷 裕之
太陽工業株式会社
産業施設カンパニー
環境施設課長

肥田 浩明
太陽工業株式会社
産業施設カンパニー
東京営業課 課長

太陽グループ全体で何ができるかを考え、
原発関連の業務へ総力で対応。

原発関連の業務は「現場状況の把握・安全の確保・緊急を要する納期」、この3点が最大の課題でした。これらの課題を解決するために、当社では原発に関わる情報を一元化し、各カンパニーの垣根を超えて対応するCC(コンテナカバーリング)プロジェクトを発足しました。各カンパニーから営業担当者と設計技術者が集まり、案件ごとの安全性を見極めながら柔軟に機能できたことはひとつの成果だったと思います。

復興対応

一条 結花
TSP太陽株式会社
東日本営業2部
営業1課 主任

神田 涼子
TSP太陽株式会社
クリエイティブ部
東日本企画制作課 課長

被災された方々への心の支援にもつながる
復興イベント。

歌舞伎町アートマーケットは、出店者さんをはじめ、新宿区役所や協力会社の皆さん、ボランティアとして手伝ってくれた当社社員など、多くの人々の想いが積み重なって実現できたプロジェクトだったと思います。時間も予算も限られた中でプレッシャーはありましたが、来場者の「すごく楽しかったよ」という声や、宮城県から参加していただいた出店者さんに「こういうイベントをもっとやって欲しい」という言葉をいただけて、少しでもお役に立てたことが嬉しく思いました。

歌舞伎町アートマーケットの様子

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