阪神・淡路大震災の記憶 INTERVIEW

プロジェクトメンバー グループインタビュー 忘れてはいけない大震災の教訓 〜Play Back 1995〜

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災。
当時、太陽グループでは社内に対策本部を設け、未曾有の災害に見舞われた神戸の復旧・復興事業に飛び込んでいった。18年前、プロジェクトの中心となって現場で活動した営業担当、施工担当のメンバー3人に、印象に残る体験、乗り越えた苦労、さらに2011年の東日本大震災につながる教訓など、語り合ってもらった。

小林 秀禎

TSP太陽株式会社OB
当時:営業部長

久地石 圭一

TSP太陽株式会社OB
当時:営業担当

問本 敏之

TSP太陽株式会社 取締役大阪支店長
当時:施工担当 課長代理

震災発生時の緊急・応急支援

問本 :
阪神・淡路大震災が発生するまで、関西の企業──たぶん個人にも、「地震に備える」という意識は希薄でしたね。恥ずかしながら、われわれ太陽グループにもほとんどマニュアルは存在しませんでした。
久地石:
テントを扱う会社なだけに、台風には敏感だったのですがね。
小林 :
社内でいち早く対策本部を立ち上げたのが、当時の久米専務でした。専務はその前年、赴任先のロサンゼルスで地震に遭っていた。そこでの経験から、「ライフラインに関わる企業が動き出す。そうした会社をリストアップして連絡を取れ」と指示されたのを覚えています。
問本 :
初期の大きな仕事は、きんでん様(近畿電気工事株式会社)の仮設宿泊施設でした
小林 :
全国の9電力会社から復旧作業のボランティアが約900名集まる。そのための宿舎をテントで作れないかという依頼でした。1月の寒い時期でしたから、地面からの冷えを防ごうとステージ用の折り畳み式腰かけを床にして、目張りシートを張り、だるまストーブも数多く揃えました。
久地石:
よく覚えているのは、全国から物資がどんどん中心部に届くんですね。市役所とか県庁とか区役所に。ところが保管場所がないわけです。テレビのニュースでその物資が「雨に濡れている」と報道されたこともあり、県の方でも保管場所の設置を急いだようです。そんな状況下、私たちも動き始めたのです。
今、やらなければならないことを黙々とやる意識。
問本 :
弊社の保管場所設置の工事は、1チームで、まずテントをあちこちに置いていくのが3日目ぐらいから。その時はまだ自衛隊も入っていなくて、倒壊した街の中、市民の皆さんが人をさがしている状態の横を進んでいくという作業でした。建設用車両に乗って、目的地に辿り着くまで交通渋滞で8時間ぐらい。帰りも同じぐらいの時間がかかって、寝る時間もなかったですね。

久地石:
その後、三木市の運動公園に支援物資の大きな保管場所を設けることになりました。私たち営業チームは、2000年に淡路島で開催された博覧会の準備で、県庁などの役所関係とは以前から面識があったため被害をあまり受けなかった山側の運動公園に保管場所を設ける依頼がきました。そして、問本さんと現場に向かいました。その県庁の担当者とお会いして、「自分が責任を持つから、すぐにでも取りかかってくれ」とその場で依頼を受け、1000㎡の敷地へ400張のテントを建てることになったのです。
問本 :
とにかく保管場所を早く作らなければと、地元消防団の協力を得て、丸一日、徹夜の作業でした。そこを終えたらまた別の場所へと、その後は1カ月以上流浪の旅が続きました。
小林 :
街ではあちこちからガス漏れの匂いがして、足元はガラスの破片だらけでスニーカーでは歩けない。そんな現場を見たら、「この状況をまず何とかしたい」という気持ちになりますよ。

地域の未来に向けた生活支援・復興支援

問本 :
同年3月には神戸市の精道中学校の卒業式のために、仮設会場を作りましたね。
小林 :
これは当時の校長先生から、「体育館は避難所となり、グラウンドも仮設住宅の建設が進んでいる。しかし子どもたちのために、何とか卒業式を開いてやりたい」という電話を受けましてね。学校へお邪魔すると、敷地の一角にテントを建てる場所はある。避難者の方々も「生徒さんのためなら」と。 これはぜひ応援してあげたいと思ったのです。
久地石:
無償のボランティアでしたね。

小林 :
専務に相談したところ、「テントだけでいいのか」と言われ、結局は、運送・音響・ステージ設営も提供しました。TSP協力会社の皆さんも、「神戸の未来を担う子どもさんのためなら」と快く引き受けてくださったのて、大変ありがたかったですね。
問本 :
2月、3月は、震災で亡くなった方々の葬儀が行われていた時期でした。そんな神戸で、卒業式という晴れの行事が行われたのは、僕ら施工する側にも嬉しい出来事でしたね。
小林 :
当日は私も来賓として招待していただきました。お天気も良く、最高の卒業式になりました。
久地石:
その頃から、仮設住宅のコミュニティスペースの提供も始まりました。
小林 :
震災直後は、寝食ができる場所の確保がまず優先。続いて、ご近所づきあいができる「井戸端」のような場所が必要になってきたのでしょう。
問本 :
僕も何カ所か、設営に行きました。台風が来ると、不具合が生じていないか確認に行ったりも。
小林 :
長いところでは、3~4年使っていただいたテントもありますね。

続きをPDFで読む

表には出ないけれど、背後からしっかり支えていく。それが企業としての使命。

誌面ではインタビューの続きとその他の記事も掲載しています。PDFをダウンロードして全文をご覧ください。

その時に”備える”ために 人と技術を紬ぐ

私たちの震災復興ドキュメントと今後の取り組み
その時に”備える”ために 人と技術を紬ぐ

冊子ダウンロード

復興と支援活動の流れ

震災後の主な復旧状況

TSP太陽の主な支援活動

1月:支援物資を保管するテント400張を三木市の三木山運動公園に設営。

1月:芦屋市の川西公園の敷地内にもテントを設営。

1月:運送会社・布引運輸事務所のスペースを物資保管拠点に。

3月:芦屋市立精道中学校の卒業式のため、校庭に仮設式場を設置。

3月:建築家・坂茂氏による鷹取教会の設営に協力。屋根を太陽工業が手がける。

8月:大勢の地元の方々で賑わった「復興元気村パラール」。

誌面ではインタビューの続きとその他の記事も掲載しています。PDFをダウンロードして全文をご覧ください。

その時に”備える”ために 人と技術を紬ぐ

私たちの震災復興ドキュメントと今後の取り組み
その時に”備える”ために 人と技術を紬ぐ

冊子ダウンロード

防災・災害への取り組み トップへ

CONTACT

CONTACT
ご依頼・ご相談

イベント開催に関するご相談や実績に関するお問い合わせはこちらから
03-3719-3721土・日・祝日を除く 10:00〜17:00

DOWNLOAD DOCUMENT
会社案内ダウンロード

まずは社内で検討されたい方は、弊社の事業内容や実績をまとめたPDFをダウンロードください。