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PROJECT実績紹介

被災地の野球場に創られたコンテナの街

宮城県女川町「応急仮設住宅団地」

宮城県の港町・女川町にある「女川町町民野球場」。中堅120m、両翼91m、客席は約1000席を誇り、県の少年野球大会も開催される立派な野球場だが、かつてこのグラウンドには189戸にのぼる仮設住宅団地が建ち並んでいた。

そこでは、2011年3月11日の東日本大震災によって被災した多くの女川町の人々が、仮の住まいとして生活を営んでいた。

「2011年11月から、常時500人近くの人々がグラウンド内に建てられた応急仮設住宅団地で暮らしていました。1DK、2DK、3DKの3つのタイプの部屋が合計189戸入った2階建て、3階建てのコンテナ住宅棟が計9棟と、中心にはマーケットプレイス。それから集会所とアトリエ。この野球場にはひとつの”街”がありました」(TSP太陽 営業担当)。

前例のないコンテナ型3階建て仮設住宅

震災直後、漁港の町である女川町の被害は甚大だった。津波によって家を失ってしまった被災者は多く、避難所で不自由な生活を余儀なくされていた。一刻も早く仮設住宅が必要だったが、30%もの土地が水没し壊滅的な状況になってしまった女川町には、十分な平地が不足していた。そこで用地に選ばれたのが、港から少し離れた場所に位置し、津波の被害から免れた町民野球場だった。

「そこで弊社は、建築家の坂茂(ばん しげる)さんらとともに、限られた土地で素早く仮設住宅を建てるべく、”海上輸送用コンテナを使った3階建ての仮設住宅”を女川町に提案しました」(同担当者)。

あらかじめ住居用に加工した6メートルの海上用コンテナを、現地に運んで組み立てていく。工期を短縮できるうえに、コンテナユニットを2段、3段と高く積み上げることで、限られた土地により多くの戸数を確保できるという画期的なシステムだった。

しかし、クリアしておくべき問題はあった。震災の影響による深刻な資材不足である。建築資材の工場は被災地の宮城県に集中しており、国内での資材供給の目途が立っていなかったのだ。

「当時この状況を鑑みて、国土交通省が『輸入資材による応急仮設』に認定を出すとしていたので、女川町に提案すると同時に、坂茂建築設計とARUP社との連名でこれに申請していました。多層階の仮設住宅の前例がなかったため、所轄官庁との協議には予想以上の時間がかかりましたが、この超法規措置の活用によって、輸入資材を使用できるようになりました」(同担当者)。

「住まい」としてだけでなく「街」としての機能も充実

さまざまなハードルをクリアしながら、なんとか6月に着工にこぎつけ、約4ヶ月という驚異的な短工期で500人もの人が暮らす「街」を創り上げた。

それぞれの室内には、仮設住宅の収納不足を補うために作り付けの収納家具を設置。家具の製作と取り付けは、京都造形大学の学生ボランティアたちによって行われた。

「街」の中心には、町民が市場として使えるように大きなアルプステントを張った「マーケットプレイス」を設置した。これは作曲家の坂本龍一氏の寄贈によるもの。その隣には、文化的活動ができるよう画家の千住博氏にスポンサードされた「アトリエ」、そして人々が集える「集会場」も建てられた。

こうして多くの人々に支えられながら、2011年10月に前例のない規模の仮設住宅工事は竣工を迎えた。11月6日に行われたオープニングセレモニーでは、出席した住民や関係者たちは皆、新しい暮らしへの喜びの笑顔に包まれていたそうだ。

あれからちょうど8年後。2019年11月に解体されるまで、この仮設住宅団地はグラウンドの中で被災者の生活を支え続けた。現在は元の野球場に戻ったが、かつてこの地に存在した「街」の面影は、ここで暮らした被災者たちの心に残り続ける。

  • 【事業概要】 東日本大震災被災地の海上輸送コンテナを用いた狭小敷地の多層階応急仮設住宅
  • 【施主】 宮城県女川町
  • 【設計】 坂茂建築設計事務所
  • 【場所】 女川町民野球場
  • 【竣工】 2011年11月
  • 【業務範囲】 建築設計 施工監理
    189戸の多層型応急仮設住宅

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